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【聴脳研コラム2026第3回】聴覚の社会的復権:「ヒアリングフレイル」の全貌と社会的・経済的インパクト

第3章:技術的解法 — 「comuoon®」が起こした対話の革命

3.1 逆転の発想:耳につけない対話支援

ヒアリングフレイルという課題に対し、中石氏が提示したソリューションは、従来の「補聴器」の枠組みを根底から覆すものであった。「comuoon(コミューン)」は、世界初の「卓上型対話支援システム」であり、そのコンセプトは「話す側から歩み寄る」ことにある12

従来の聴覚ケアは、難聴者の耳にデバイス(補聴器・集音器)を装着させる「受信側の増幅」に依存していた。しかし、これは難聴者本人の心理的抵抗(スティグマ)や、装着の不快感、操作の難しさといったハードルを伴う。対してcomuoonは、話し手の声を加工し、難聴者が聞き取りやすい音波として届ける「送信側の最適化」である点に最大の特徴がある。

3.2 技術的特異性:Sonic Brainテクノロジー

comuoonの核心技術は、単に音量を大きくすることではない。高齢者の聴覚特性に合わせた精密な信号処理が行われている。

  • 子音の明瞭化:
    日本語の理解において重要なのは、母音(あ、い、う…)よりも子音(k, s, t, h…)である。加齢性難聴は高音域から低下するため、子音を含んだ言葉(例:「佐藤さん(Satou)」と「加藤さん(Katou)」、「7時(Shichiji)」と「1時(Ichiji)」)の聞き分けが困難になる。comuoonは、この子音成分を強調し、クリアに再生する独自の信号処理を行っている。
  • 指向性スピーカーによる直接音伝達:
    一般的なスピーカーは音が放射状に広がるため、周囲の雑音と混ざり合い(マスキング効果)、壁や床からの反響によって明瞭度が下がる。comuoonは鋭い指向性を持たせることで、あたかも耳元で話しかけられているような直接音を、距離が離れていても正確に届けることを可能にした2。
  • 脳へのアプローチ(聴脳科学的設計):
    広島大学宇宙再生医療センターとの共同研究において、comuoonを通じた音声は、通常のスピーカーと比較して、脳の聴覚野における反応(P300等の事象関連電位の変化や血流動態)に有意な差をもたらすことが発見された1。これは「音質による脳の反応の違い」を実証した画期的な成果であり、comuoonが単なる拡声器ではなく、脳の認知プロセスを支援する医療工学的デバイスであることを裏付けている。

3.3 比較分析:補聴器 vs comuoon

以下の表は、従来のアプローチ(補聴器)と新しいアプローチ(comuoon)の特性を比較したものである。

特性 補聴器 (Hearing Aid) comuoon (Dialogue Support System)
アプローチ 受信側(難聴者)の聴力を補う 送信側(話し手)の声を最適化する
主体 難聴者本人の努力と受容 話し手の配慮と環境整備
主な課題 装着の不快感、雑音増幅、紛失、高価格 設置場所の確保、電源が必要
導入障壁 心理的抵抗(スティグマ)が高い 心理的抵抗が低い(家電感覚)
適用シーン 常時装着による生活全般の支援 窓口、診察室、家族団欒など「対話」の場
脳への影響 調整次第で改善するが、慣れが必要 自然な音質で脳への負担が少ない

3.4 導入効果とエビデンス

comuoonの効果は、実験室の中だけでなく、実際の現場で数多く報告されている。

  • 医療現場での誤認防止:
    医師や薬剤師の説明が正確に伝わることで、服薬指導の遵守率が向上し、医療事故のリスクが低減する。特に、認知機能が低下している患者に対しても、明瞭な音声は情報の伝達効率を高める。
  • 認知症ケアの質向上(BPSDの軽減):
    コミュニケーションが成立しないことによる不安や苛立ちは、認知症患者のBPSD(行動・心理症状:興奮、徘徊、暴力など)を悪化させる要因となる。千葉進一氏らによる研究では、指向性スピーカーを使用した看護介入が、難聴を伴う認知症患者の臨床症状に好影響を与えることが示唆されている2。
  • 業務効率の改善:
    何度も大きな声で言い直す必要がなくなるため、窓口業務の時間が短縮され、職員の疲労(大声を出すストレス)も軽減される。これは「働き方改革」の観点からも無視できないメリットである。※comuoon®はユニバーサル・サウンドデザイン株式会社の登録商標です。

    第4章:社会実装の現場 — 豊中市モデルとビジネスへの波及へ続きます

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    筆者:剣崎 雅人(けんざき まさと)
    社会課題とテクノロジーの交差点を取材する専門記者。特に、超高齢社会における社会インフラの欠陥や構造的なリスクに鋭く切り込むことを得意とする。従来の枠組みに収まらない新しい解決策やイノベーションに焦点を当て、その社会的・経済的インパクトを深く分析する論調が特徴。