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【聴脳研コラム2026第4回】聴覚の社会的復権:「ヒアリングフレイル」の全貌と社会的・経済的インパクト

第4章:社会実装の現場 — 豊中市モデルとビジネスへの波及

4.1 自治体主導のモデルケース:大阪府豊中市の挑戦

ヒアリングフレイル対策を自治体として初めて本格的に政策に取り入れたのが、大阪府豊中市である。2019年頃から開始されたこの取り組みは、「豊中モデル」として全国の自治体から注目を集め、第28回チヨダ地域保健推進賞を受賞するなど高く評価されている5

4.1.1 導入の経緯と戦略:SIB的なアプローチ

豊中市は、高齢化率が26%を超える中、健康寿命の延伸と認知症予防を市政の重要課題としていた。中石氏との連携により、「ヒアリングフレイル」という新しい切り口で高齢者の社会参加を促す戦略を立案した。特筆すべきは、行政単独ではなく、民間企業(ユニバーサル・サウンドデザイン)、地域医師会、地域包括支援センターが連携したエコシステムを構築した点である。

活動の具体的なステップは以下の通りである。

  1. 市民啓発(Awareness):
    「ヒアリングフレイル」という言葉自体を知ってもらうための講演会やチラシ配布、SNSでの発信。
  2. 早期発見・スクリーニング(Screening):
    アプリ「みんなの聴脳力チェック」を活用した聴力チェックイベントの開催。従来のような純音聴力検査(ピー音)ではなく、言葉の聞き取り能力を測定することで、実生活上の困難を可視化した。
  3. 早期対応・受診勧奨(Intervention):
    チェックの結果、語音聴取率が60%未満の市民に対し、提携する耳鼻咽喉科への受診を勧奨する。豊中市では市医師会と連携し、21の医療機関が協力体制を敷き、スムーズな専門医への接続を実現した5。

4.1.2 成果と社会的意義

豊中市の報告書によれば、この取り組みにより、自身の難聴に気づいていなかった多くの高齢者が医療機関へつながり、早期の補聴器装用や治療開始に至った。また、市民の間で「聴こえの健康」に対する意識が高まり、ヒアリングフレイル予防が「フレイル予防」の重要な柱として定着しつつある。これは、行政が主導して市場(受診者)を創出し、地域の医療機関がそれを受け止め、企業が技術を提供するという、三方よしの成功事例である。

4.2 企業の導入事例:CS向上とコンプライアンス

自治体だけでなく、民間企業、特に金融機関やインフラ企業におけるcomuoonの導入も加速している。導入数は行政・医療・教育・金融機関を含め5,700箇所以上、14,000台に達している(2024年時点)12

  • 金融機関(銀行・証券)におけるコンプライアンス:
    「金融商品取引法」や「消費者契約法」の改正により、高齢者への金融商品販売における説明義務が厳格化されている。顧客が内容を十分に理解しないまま契約することは、後のトラブルやコンプライアンス違反(適合性の原則違反)につながる。comuoonの導入は、難聴の高齢顧客に対する「説明責任」を果たすための合理的配慮として機能しており、顧客満足度(CS)の向上と法的リスクの回避を両立させている。
  • 調剤薬局におけるプライバシー保護:
    レデイ薬局やみわ薬局などの事例では、服薬指導におけるプライバシー保護の観点から導入が進んでいる13。難聴の患者に対して大声で病状や薬の説明をすることは、個人情報の漏洩(周囲に聞こえてしまう)につながる。comuoonを使えば、通常の会話音量で明瞭に伝わるため、患者のプライバシーを守りつつ、的確な指導が可能となる。
  • ビジネスモデルの革新(Subsciprion/Rental):
    かつては1台あたり10万円〜26万円前後という導入コスト(初期費用)が障壁となっていたが、ユニバーサル・サウンドデザイン社は「comuRent」というレンタルサービス(月額3,300円〜)を開始した12。これにより、中小規模のクリニックや個人の家庭でも導入が容易になり、普及が加速している。これは、売り切り型のハードウェアビジネスから、継続的な価値を提供するSaaS(Service as a Solution)的なモデルへの転換を示しており、持続可能な収益基盤の構築に成功している。

筆者:剣崎 雅人(けんざき まさと)
社会課題とテクノロジーの交差点を取材する専門記者。特に、超高齢社会における社会インフラの欠陥や構造的なリスクに鋭く切り込むことを得意とする。従来の枠組みに収まらない新しい解決策やイノベーションに焦点を当て、その社会的・経済的インパクトを深く分析する論調が特徴。